音楽、記憶、そしてアルツハイマー症の治療

アルツハイマー症と痴呆症の患者さんはしばしば無気力、無反応となります。音楽は、そのような人たちにとって、過去に到達し、記憶や感情を呼びさまし、相互作用や再びつなぎ合わせる道をつくることができます。

音楽が肉体や精神に影響を与えると知られていたのは、ピタゴラスの時代にまでさかのぼることができます。ピタゴラスは生徒たちに、毎日歌ったり、楽器を演奏することで不安、恐怖、悲しみ、怒りなどの感情を変化させることを教えていました。現代こころと身体のつながりの研究によって、こころへの影響が健康にまで及ぶことがわかっています。

ピタゴラス

『アテナイの学堂』に描かれたピタゴラス(ラファエッロ、1509年)Wikipediaより

精神の健康の分野がその両者のギャップに橋わたしをしています。アルツハイマー症や痴呆症の患者は、音楽に即座にまた劇的に反応します。患者さんの過去から音楽を選ぶことが、時間、場所、人などの記憶を呼びさますことが示されています。これらの記憶は治療をする際、患者さんについての追加的な情報をもたらし、また混乱や不安を緩和するサポートとなっています。

University of Miami School of Medicine のArdash Kumar博士と彼の同僚が行った音楽療法プログラムによると、治療から4週間後、参加した患者たちはより社会的、活動的、協力的になり、眠りが深くなったということです。

「気持ちをしずめるタイプの音楽によるリラクゼーションはとても有益です。落ち着きや健康といった感覚を育むために、食事どき、寝る前、リラックスしたいときにお気に入りのやすらかな音楽を聴くといいでしょう。音楽療法は、多くの向精神性の薬品に代わる安全かつ効果のあるものとなるかもしれません。ヨガや瞑想のように、音楽はストレスや病気のときでさえ、ホルモンや感情のバランスを維持するのに役立ちます。」とKumar博士は語っています。

Oliver Sacks, M.D.,は神経学者、「Awakenings 目覚め」の著者であり、また同名のタイトルのロビン・ウィリアムズ主演映画に描かれていますが、「音楽療法はパーキンソン氏病やアルツハイマー症など多くの神経障害にとって、非常にパワフルなツールだと思います。障害を受けた大脳の機能を組織化したり、再組織化する特有の能力があるからです。」
「アルツハイマー症の患者は自分に何が起こっているのか認知できないと思われています。でも、彼らにはわかっていると私は思います。」とSacks氏は語り、音楽は病気が進行している患者に特に効果があると説明しています。

Sacks氏はまた、「なじみの音楽は患者の記憶をよみがえらせ、過去の時間を思い出す助けとなります。音楽、アート、演劇は重要です。」

また、「音楽療法ジャーナル」誌には音楽がアルツハイマー症と痴呆症の患者に与える効果について3件の報告が掲載されています。
そのひとつでは、アルツハイマーの患者が通常の音楽療法のあと、名前と顔を結びつける能力が向上したと報告されています。また、その他の報告では、抑うつの症状が 軽減したり、患者の言語能力が上がったということです。

ところで、これらの効果をもたらしたのが音楽そのものなのか、それとも相互のやり取りが増えたからなのかという疑問の声があがっています。しかし、それは問題でしょうか?まるで「ニワトリが先か、卵が先か」と言うのと同じ次元のようです。音楽が直接的に患者の症状を改善したのか、または音楽が相互作用を奨励したのか…、いずれにしろ、結果は明白なのですから…。

ダニエル・コビアルカのブログより

病院や施設でのマッサージと音楽療法

マッサージと音楽を癒しの環境であわせて利用すると、癒す側も癒される側もともにやすらぐようです。病院や老人ホームなどの施設を訪れたことがあるなら、患者さんは病気や怪我をしていること、常に人に頼らなければならないこと、家や家族、友人、馴染みの環境から離れ、独特の風景、におい、騒音、明るさの異空間にいることから引き起こされる複合的なストレスにさらされ、イライラしているのに気づくでしょう。

マッサージとやすらぎの音楽は施設や病院の環境に変化をもたらすことが示されています。繰り返しの多い、心を慰める、構造化されたサウンドは、患者さんにとってもヘルスケアスタッフにとっても、気分を害する刺激をやわらげます。音楽とマッサージは患者さんを癒しますが、また、介護者を癒すことにより患者さんも癒されるのです。強烈さ、突拍子のなさ、不注意を最小限に押さえることが患者さんの気持ちをおだやかにします。

アリゾナ州トゥーソンのアリゾナ看護大学で行われた実験的なパイロット研究では、手術前のマッサージと音楽療法の効果について、患者さんの手術前、手術中、そして手術後の経験を調査しました。被験者は無作為に4つのグループのうちの1つに割り当てられました。それは音楽療法と一緒にマッサージを受けたグループ、マッサージだけを受けたグループ、音楽療法だけをうけたグループ、そしてコントロールグループ(対象群)でした。コントロールグループを除いたほかのすべてのグループにおいて、手術後の不安レベルは著しく低くなり、また手術後の黄体刺激ホルモンレベルは著しく高くなりました。(注:黄体刺激ホルモン:下垂体から分泌され、卵巣に作用して、排卵と黄体ホルモンの分泌を促進する)

概して、治療を受けた三つのグループに違いは見られませんでした。それは非常に多くの他の変数が存在するからです。ある人は8トラックの思考が流れているのに、1トラックの人もいます。ある人はいっぺんにたくさんのことがこなせますが、いとも簡単に気がそれて、集中できない人もいます。騒音に弱い人がいる一方で、まわりでいろいろ起きているような環境のほうが居心地がいいと感じる人たちもいます。また、研究によれば、文化が違うとヒーリング音楽の好みも違います。また、年代層によっても好みは異なり、歌や音楽のスタイルと記憶に関連性があることがわかっています。

マッサージにもまた、患者さんがマッサージにどれほどなじんでいるか、快く感じているかなど、全く別の変数があります。お年寄りの中にはいまだにマッサージとセックスをごちゃまぜにした時代遅れの偏見を持った人もいます。また、ある人は触れられること、特に知らない人から触られることを心地よく思いません。
小さな新生児をタッチセラピーに優しく順応させる段階が必要なのと同じように、だれでもマッサージトリートメントになれるにはそれなりの方法が必要です。
また、ある種の音楽が人によっては不愉快な連想をさせるように、いい思い出につながる耳なれた音楽を利用して、リラックスをうながし、痛みを軽減し、免疫機能を高め、そしてポジティブな行動の変化を起こさせるという利点もあります。やすらぎのインストゥルメンタル音楽をかけながら行う手術後のマッサージは、不安、痛みをやわらげ、長期的な回復期をサポートします。

1. マッサージと音楽療法を利用して手術後の経過を改善する
AORNジャーナルから抜粋 2003年9月1日 著者:McRee, Laura D.; Noble, Stacie; Pasvogel, Alice

トルコのお医者様、イスラム音楽の演奏で癒やす…

麻酔科医のエロール・カン博士(左)がYayli tanbur(オットマン・バイオリ ン)を演奏中。Bingur Sönmez教授が手にしているのはネイフ ルート。血管手術を受けたばかりの患者さんが、演奏に合わせて口ずさみ、リ ラックスしている。

麻酔科医のエロール・カン博士(左)がYayli tanbur(オットマン・バイオリン)を演奏中。Bingur Sönmez教授が手にしているのはネイフルート。血管手術を受けたばかりの患者さんが、演奏に合わせて口ずさみ、リラックスしている。

(画像:www.theguardian.com)

トルコの首都イスタンブールにあるメモリアルホスピタルでは、
医師のグループが様々な病気の補完的な治療にイスラムの伝統音楽を復活させています。薬が科学やテクノロジーにますます依存しているこの時代に、音楽のセラピーは変わったことと思うかもしれませんが、音楽による治療の恩恵は、ほぼ1,000年にわたって知られていることです。
伝統的アラブ及びトルコの音楽に特有の「マカム」という様式は、9世紀にはイスラムの治療薬として利用されていました。当時、al-Farabiという哲学者が様々な音楽様式が人のからだと心に与える影響について分類しました。
音楽のピッチ、パターン、展開について定義されたマカムは、耳から聞いて習う ものでした。

イスタンブールのメモリアルホスピタルの医師たちは、それぞれ異なったマカムが
患者たちにポジティブな心理的、理学的効果をもたらすことを確信しています。

集中治療病棟の麻酔医であるエロール・カン博士はブルガリア、ソフィアの病院 に勤務していたときミュージックセラピーに出会いました。当時はテープレコーダーとヘッドフォン を使っていましたが、1996年にトルコに移住すると、博士は何百年も昔のミュージックセラピーの音楽 を演奏するためにネイフルート(トルコ式フルート)を学びました。そして、生の楽器で演奏する と影響はさらに大きくなることに気づいたのです。今では他の2人の同僚とともに、yayli tan bur(オットマン・バイオリン)やギターといった伝統楽器をマスターするようになりました。
「病気や健康の問題によって異なるマカムがあります。マカムの中には気持ちを 高揚させるものもあれば、リラックスさせるものもあります。食欲不振に悩む患者さんに効くマカムがあれば、hicazというダイエットが 必要な人向けのマカムもあります。もし、hicazを店内で演奏するレストランがあれば、お店はすぐつぶれてしまいますよ!」

「中世の病院は噴水のある中庭の周りに建てられていました。水の音、ガラス窓 の色、照明の具合、花や植物…そのすべてが患者たちにとって補完的な治療だったのです。だから、私たちの集中治療病棟でもこころが和 むピンク色の照明を採用することにしました。私たちの職場ではすでに5年間マカムを治療に使っていますが、最近ではほかの医師たちが 相談にくるようになりました。小児病棟の先生に今、ネイを教えているところです。それに時々、休んでいる同僚の先生のために演奏する こともあります。そうして、お互いにケアしているんですよ。」

医師たちが明確にしたいのは、マカムは現代医学の代わりとして使われているの ではなく、補完セラピーとして
利用されているということです。10分間の生演奏のあと、患者の心拍数と血圧は 下がり、追加して投薬する必要がないそうです。

参照元:www.theguardian.com

音楽の10の効能

アメリカの有名なクリニック「メイヨー・クリニック」を始め、
その他世界のクリニックやセンターなどが行った音楽の効能についての報告より 
from The Huffington Post posted 04/11/2012

音楽の10の効能
1.ストレスを軽減する
スウェーデンのゴッセンベルグ大学のマリー・ヘルシングさんの博士論文による
と、音楽を毎日聞くことはストレスを軽減するということです。
また、好きな音楽を聞くことでこころがポジティブになったと報告しています。

2.手術のサポートをする
アメリカのクリーブランド・クリニックで行った実験によると、脳外科手術の際
中に医師と患者(パーキンソン病)がきれいなメロディーを聴いた場合 と、
単なるリズムやまた、その2つの組み合わせを聴いた場合、きれいなメロディー
を聴いたときに一番安らぎを感じたということです。
それは患者の脳波にも現れていたそうです。中には眠ってしまう方もおられたと
か…。

3.耳の聞き取りのちからを維持する
「サイコロジー&エイジング」誌の2011年の研究発表によると、人生をかけて
ずっと音楽に関わる人は、よりよいサウンドプロセシング
を持ち続けているとのことです。163人(そのうち74人はずっと音楽にたず
さわってきた)の被験者は、また、聴力テストの点数と
実際に音楽を演奏してきた時間との間に関連性が見られたそうです。

4.心臓の健康に貢献する
メリーランドメディカルセンターの報告によれば、喜びに満ちた音楽を聞くと
血管に流れる血液の量が増えたということです。特筆すべきは、ハッピーな音楽
を聞くと、血管の直径が26%も大きくなり、
逆に不安を煽るような音楽を聞くと、血管の直径が6%も小さくなったそうです。

5.痛みを和らげる
ユタ大学ペインリサーチセンターの研究によると、音楽を聞くことで不安に傾き
がちな患者が痛みを感じることから気がそれ、結果的に痛みがいつもよ り少な
く感じていたということです。
この研究には143人の被験者が参加し、指の先に危険性のない電極をつなげ、
電気ショックを与えて行いましたが、音楽を聞くことでショックが薄 まったと
いうことです。

6.記憶力をサポートする
チャイニーズ・ユニバーシティ・オブ・ホンコンのアグネス・S・チャン博士の
研究報告によると、子供のころに音楽のレッスンを受けた人は、それが 脳のは
たらきにとても貢献していたということです。「幼少時に音楽のレッスンをたく
さん受ければ受けるほど、言葉の記憶力もよくなります。それは 年齢や、教育
レベル、または家庭の社会経済的な背景の問題ではないことが、よくわかりま
す。」とチャン博士は述べています。

7.脳の老化を予防
「ニューロサイコロジー」誌で発表された2011年のカンザス・メディカル・セン
ターの研究報告によると、音楽のトレーニングを受けたことで老年 期の頭脳の
明晰さを維持する可能性があるとのことです。様々な音楽的素養を背景とした60
才から83才までの70人の被験者に行った実験では、最 もたくさん音楽のトレー
ニングを受けた人々が、最もすぐれた頭脳の明晰さを示し、脳の機能テストで最
高得点を獲得しました。

8.移植した心臓の拒絶を予防(ネズミによる実験)

これはまだネズミの実験の段階ですが、驚くべき報告です。日本で行われたこの
実験によると、心臓移植後、ある種の音楽を聞いたネズミは「寿命が伸 びた」
そうです。
これらのネズミたちは、モーツァルト、ヴェルディ(オペラ曲)、ニューエイ
ジ・ミュージック、全く音楽を聞かせない、または可聴周波数を聞かせる グ
ループに分けられ、移植後モーツァルトとヴェルディを聞いたネズミたちが、他
のグループのネズミたちに比べ、最も長生きしたということです。

9.発作後の回復を助ける
2008年の「ブレーン」誌に発表されたフィンランドでの研究報告によると、何ら
かの発作後すぐに音楽を聞いた場合、それが回復をサポートしたと のことで
す。オーディオブックを聞いたり、何も全く聞かなかった患者さん達に比べ、音
楽を聞いた患者さん達は言葉の記憶が戻りやすくなり、注意力 も増えたそうです。

10。マッサージするのと同じぐらい不安を和らげる
マッサージは超リラックスするのはもちろんですが、「デプレッション&アンザ
イアティ(憂鬱と不安)」誌の研究によると、音楽も同様に、少なくと も不安
に対して有効に働くということです。
グループ・ヘルス・リサーチ・インスティテュートの研究によると、合計10時間
のマッサージセッションを受けた被験者は、ただ音楽を聞いただけの 被験者に
比べて、3ヶ月後に不安が同じ程度軽減しました。この実験は68人の被験者
を、音楽を聞かせて10時間マッサージするグループ、マッサー ジなしで音楽
を聞きながら横になるだけのグループ、マッサージなしで音楽を聞きながら温か
いベッドパッドとタオルでくるまれたグループに分けて行 われました。